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泣き虫記者が見た貧困の現場

毎日新聞・東海林智さん講演

北九州市 ■ 林田英明

http://www.labornetjp.org/news/2009/1254800605138staff01

 こんな記者がいるんだ。労働者とともに歩む毎日新聞東京社会部、東海林智(とうかいりん・さとし)さん(45)の講演「泣き虫記者が見た貧困の現場」が5月30日、北九州市小倉北区の毎日西部会館であり、30人が参加した。毎日新聞労組西部支部主催。

 東海林さんは1988年入社。『サンデー毎日』や横浜支局次長などを経て厚生労働省を担当。著書に『貧困の現場』『派遣村 国を動かした6日間』(ともに毎日新聞社)がある。2003年の労働者派遣法「改正」時には、企業側の労働者使い捨てが助長されるだけだと批判記事を書き、ただ成立を伝えるほとんどのマスコミの中で際立った存在感を示した。しかしこれも、小泉純一郎首相(当時)の「改革」に苦しむ不安定な労働者の姿を知っている東海林さんにとっては当たり前の発言であり、むしろ体制に飼い慣らされるメディアの総体的な後進ぶりを世に知らせる一事例となった。

釜ケ崎が基点に

 基点はどこか。10年前の釜ケ崎(大阪市西成区)だという。大阪社会部時代に訪れた日雇い労働者の町に踏み込んだ2年間、「寄せ場」に通い、彼らの息遣いに触れた。仕事は最盛期の10分の1。今のネットカフェ難民の予兆を感じたのは、年配の労働者が携帯電話を持つのを見たことだった。「奇異な風景」と思い返すが、親方の電話に登録されなければ、その日の仕事の有無が個別に伝えられないシステムになっていた。「日雇い派遣と同じツール(道具)。おっちゃんたちがどうなっていくかがそれと重なる」と東海林さんは言う。まず、賃金の下落である。日給1万円を割る仕事は「ケタ落ち」といってそれまで仕事はしなかったのに、個々を分断され団結を知らないフリーターなど若い労働者は足元を見られて「ケタ落ち」を受けてしまい、相場は値崩れする。00年には大阪市内に1万2000人もの野宿者が生まれ、釜ケ崎からあふれて大阪城公園などにブルーシートが現れる。ここで初めて市民の目にも入った。日雇い労働者は、カネがあればネットカフェに、なければ野宿で夜を過ごす。

 雇用流動化の背景を、東海林さんは95年に日本経営者団体連盟(現在、日本経団連と合併)が打ち出した「新時代の『日本的経営』」に求める。ごく少数のエリート正社員、高度専門能力活用の一部特殊グループ、そして圧倒的多数の雇用柔軟層の三つに大別する、働かせる側の論理は市場原理主義むき出しの暴論だった。東海林さんは「日本でこんな気持ち悪いのができるわけないと思っていたのに、『雇用形態の多様化』という言葉を使ってアッという間に広がった。しかし、これは働く側は選べない強制された多様化だ」と慨嘆した。

続出する過労死

 こうして貧富の差が拡大する一方、労働現場では過労死が続発する。トヨタ自動車の過労死遺族の例を挙げて東海林さんは暗部を突く。ある遺族は、夫が亡くなると人事部に「あすから奥さん、正社員です。子どもも将来、正社員に。だから過労死の申請をしないでください」と伝えたという。02年に同社勤務の夫、内野健一さんを過労死で亡くした博子さんは、残業中に倒れた健一さんの死を過労死と認めさせようと、豊田労基署長に労災申請をしたが、認められなかった。「豊田労基署の署長は、ゴルフの接待をトヨタから散々受けていたから」と東海林さんは説明する。博子さんは名古屋地裁に訴え、07年にようやく内野さんの死が過労によるものと認められた。裁判で明らかにされたサービス残業は月に146時間。うち60時間が「カイゼン」と呼ばれる個々の職場集団のQC活動であり、会社はこれを自主的なものとみなした。二直体制の夜勤で朝5時に終わってなお3~4時間「自主的」にいなければならない会社とは何なのか。

 「名ばかり管理職」が表に出たのは、高野廣志店長が残業代の支払いを求めて05年、日本マクドナルドを東京地裁に訴えてからだろう。提訴前、マクドナルドは高野さんに「1億円払うから提訴をやめてくれ」と持ちかけたという。2500万円の請求に対してだ。管理監督者は労働基準法41条2項に従い、残業代を払わなくてよいと主張しながらもマクドナルドは、全国の名ばかり管理職1700人に波及すれば250億円支払うハメになると分かっていた。08年、東京地裁はマクドナルドに対し課徴金を含めて755万円を高野さんに支払うよう命じた。世界に名の通る企業の「成功」の裏側を東海林さんは見る。高卒1年後の19歳で「管理監督者」に“昇進”したり、20人の職場全員が「管理監督者」だったりしては、時給が10円上がったところで実態は知れる。残業代が支払われないのだから月収は大きく下がってしまう。「非正規労働者を過労死させるまで働かせるのが日本の企業。モラルもここまで落ちたか。10年以上頑張って『店長』になってもそれは契約店長に過ぎず、成果が出なければ解雇となるため必死に働き、外食産業で過労死した男性がいた。月546時間働いてコンビニで過労死したアルバイトがいた。彼には1日6時間しか自分の時間がなかったことになる」と怒りを抑えながら東海林さんは殺されていった墓標を数えた。管理職手前の労働者の残業を無制限に認めるホワイトカラー・エグゼンプション(WE)を05年、厚生労働省が法案化した際、国民の猛反発にあって引っ込めた。舛添要一厚労相(当時)は「家族だんらん法」と呼び方を変えて提出するという“奇策”を記者会見で披露したが、実態は労働規制を外す法制であることに変わりはなく、過労死促進法案との批判は消えない。まだ国会に提出されていないが、その先取りとして「名ばかり管理職」は広がっている。

 WEに批判的な記事を書いていた東海林さんは厚労省官僚とのやり取りを忘れない。「東海林さんは誤解している。年収800万~1000万円という高い報酬者に限定しており、偏った報道はやめてほしい」「じゃあ労働者派遣法で、あなた方は何をやったんだ。悪いけど2回も3回もだまされない」「いやいや、あなたには悪意がある」。しかし、その官僚は経営者団体の場では「小さく産んで大きく育てます」と語っていた。派遣法が「改正」され、派遣職種が全面解禁された経緯を知る東海林さんは「WEが導入されたら労働者は奴隷になる。何度登場しても市民とともにつぶす」と語気を強めた。

光与えた派遣村

 昨年末から東京で取り組まれた「年越し派遣村」の功績にも触れないわけにはいかない。貧困の現実を誰の目にも明らかにしたが、「路頭に放り出され年を越せない人たちが出てくると分かっているのに何もしなくていいのか」と、やむにやまれぬ思いで立ち上がったもので、初日だけで1000万円近くも寄付が集まる展開に実行委員の一人である東海林さんも驚きを隠せなかった。

 派遣切りで住む所まで奪われる労働者派遣法の矛盾。「労働者を商取引に乗せたため経営者の心は腐りきりました」と東海林は吐き捨てるように言った。例えばキヤノンは、派遣元と契約を途中で打ち切っただけだと主張。派遣会社がその後、派遣労働者を何人切ったかは関知しないという立場である。「切る側に想像力は全くない。良心の呵責もない。生身の人間が働いているという意識は薄れ、労働に対する尊敬や経営者のモラルは失われる」と派遣法がもたらした人心の荒廃を説いた。派遣会社は「派遣」という商品を扱う。東海林さんは「単なるピンハネ会社であり、彼らが利益を得る理由はない。本来、途中で切るなら違約金を払うべきだ」とし「注文があれば10分でお届けします」「1週間、無料お試しキャンペーン実施中」という派遣会社のコピーに心底、怒りを表していた。

 そういう状況の中、東海林さんは取材者と実行委員との立場を峻別しながら「派遣村」をつくっていく。年の瀬を控え、製造業を中心に派遣切りにあう人たちが3万人にも上ると伝えられたある厚労省幹部が「失業者全体から見れば微々たるもの」と言い放つなら、こちらは目の前の一人を助ける行動を厚労省面前の日比谷公園で見せてやろうという気概である。絵になる構図にマスコミは連日、報道を繰り返し、貧困の可視化に成功する。最終的に500人もの「村民」を迎えた。

 派遣村は6月に解散したが、本質的な問題は残っている。東海林さんはこれからも現場に足を運び、取材を深めていくつもりだ。「暗闇に光を与えるのが僕らの仕事であり、新聞に課せられた使命」と自覚している。大阪・長居公園で野宿していた男性が生活保護を受けて何をまずやったかに触れるころから言葉が詰まり、目元が赤くなった。彼は島倉千代子のファンクラブに入り直したのである。人間らしい暮らしとは、実はそんなことも大きいのではないか。だが、3年を超える野宿が内臓を痛めたのか、数カ月後あっけなく亡くなってしまう。公民館での葬式に牧師が賛美歌を歌い、出棺では野宿の仲間たちが手を合わせて見送る中、一人の若者がコブシを突き上げる。共鳴のコブシが一つ、また一つと上がる。それは放置行政への怒りか、おっちゃんへの連帯か。中学1年生で小林多喜二の『蟹工船』を読みかじり、きょうはチェ・ゲバラのTシャツを着る東海林さんは、その時の情景を思い出して涙が止まらない。「経営者は一人一人はいい人でも、総体では人でなし」と振り絞るように声を上げ、労働者の連帯を求めた。冷めた頭と、たぎる怒り。「泣き虫記者」健在である。

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ホワイトカラーエグゼンプション(または、ホワイトカラーイグゼンプション、英:white collar exemption、ホワイトカラー労働時間規制適用免除制度)とはいわゆるホワイトカラー労働者(主に事務に従事する人々を指す職種・労働層)に対する労働時間規制を適用免除すること、またはその制度。
各国の労働法制において、労働時間の規制がなされていることを前提としてその規制の適用を免除し、または例外を認めることで、労働時間の規制を緩和することをいう。狭義には労働時間そのものに関する規制についての緩和を指すものであるが、労働時間規制に付随する規制として、労働時間に応じた賃金の支払いの強制や、一定の時間を超えた超過時間についての割増賃金の適用義務化などが設定されていることから、広義にはこれらの適用の免除についても本制度の範疇として理解される。
なお、exception(例外)との混同かホワイトカラーエグゼプションと書かれる場合もあるが、英語表記はexemptionである。

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