サラリーマン社会の崩壊 日本マクドナルドに見る
東京・文京シビックセンター(後楽園)で7月7日(土)午後6時半から、アジア連帯講座主催による「日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊―本日より『時間外・退職金』なし―」と題する公開講座が開催されました。講師は、ジャーナリストの田中幾太郎さんです。田中さんのお話の要旨を以下に報告します。
http://www.janjan.jp/living/0707/0707138993/1.php
講師の田中幾太郎さん=東京都文京区で7月7日、筆者写す
店長の残業問題
私が日本マクドナルドの記事を月刊誌などに書き始めたのは、2001年、日本マクドナルドがジャスダックに株式公開するころです。最初、社長の藤田田(ふじた・でん)のワンマン、オーナー経営者の批判記事を書いていたのですが、途中から単に藤田田を批判するだけでは本来の問題点を明らかにすることはできないことに気づきました。
背景にあるアメリカ本社、もしくはアメリカの財界、アメリカ政府の圧力についての記事を書いてこなかったことに気づいたのです。その中の1つとして出てきたのが、日本マクドナルドの店長の残業問題でした。Tさんという店長が残業代の支払いを求め、訴訟を起こしていていることを知り、取材を始めました。そして、この本(と自著の「本日より『時間外・退職金』なし」=光文社刊=を掲げながら)を書くに至りました。
日本マクドナルドは藤田商店(藤田田の個人会社)とアメリカ本社が50%ずつ出資し、1971年5月に設立されました。一族支配で、50%は藤田田の一族で固められている。米国本社に経営指導料として年間の売り上げの1%とロイヤリティーの1%が振り込まれています。米国本社がアメリカのフランチャイズから吸い上げるのは5%。それに比べると安い。30年契約で、01年に契約が切れる。米国本社としては次の30年は違うロイヤリティーにしたい。
藤田時代の家父長的な労使関係
藤田時代の労使関係は、藤田が「日本一の高給取りにしてみせる」と言ったように、外食産業の中で待遇がよかったのは事実。右肩上がりに伸びていた。経営についてはアメリカに口出しはさせない。藤田が防波堤の役割を担っていた。ワンマンなので、ナンバーツーになるような人は排除されていったが、労使関係については家父長のイメージが強い。それを示すいい例が「奥様ボーナス制度」。3月に社員の連れ合いの口座に税金対象額までボーナスが振り込まれる。連れ合いの誕生日に「藤田田」の名前で花束がくる。
藤田が失墜していったのは、後継者がいなかったこと。2人の息子がいたが、どちらも後継者としての力がなかった。業界を率先する形でデフレ戦略を打ち出すなどリーダーシップを発揮したが、00年に入り経営が苦しくなった。同年9月、BSE問題が起こり、さらに業績が悪化する。01年に株式が公開され、藤田がうまく手を引いて創業利益を確保し、売り逃げていく。
成果給の導入
株式公開されたのは藤田が持っていた50%の株。藤田が手を引いたことで、アメリカとしてはイニシアチブをとることができた。その中で労使問題が起こってきた。日本マクドナルドはOM(オフィスマネージャー)がいて、OCがいて、店長がいる。03年ごろからOC以上のリストラが始まり、04年4月から成果給が導入された。成果給の目的は人件費削減。裁判を起こしたTさんは、店長になる前に比べ、給料が上がったことがない。成果給にはいくつかランクがあり、必ずそのどれかに当てはめられる。売り上げが落ちれば成果給は下がる。しかも、店長は残業代がつかない。
外資を渡り歩く「社長」
アメリカ人の社長(CEO)のあと、アップルコンピュータ日本支社の社長だった原田永幸が社長(CEO)になった。アメリカ本社が選んだ人。原田は部長以上の人をすべて総入れ替えした。自分にとって都合のいい人、外資系の人、英語ができる人(米国本社の意志を理解できる人)。アップルコンピュータと同じことをやった。外資を渡り歩き、経営者としてどれだけドライにこなせるか、そういう人が日本マクドナルドの社長になった。
過酷な店長の1日
日本マクドナルドの店長の1日は、たとえば04年末から05年上半期にかけてのTさんの平均的なスケジュールは、朝4時過ぎに起床し、6時に店舗に到着。帰宅するのは25時。途中、休憩が入っているが、打ち合わせや人手が足りないときは店に入らなければならず、休憩や仮眠はとれない。残業時間は、12月は136時間、1月は88時間、2月は106時間、3月は105時間、4月は106時間。100時間を超えると過労死が認定されるが、そのラインであることは間違いない。
スタッフが足りなくても成果給を導入しているので、売り上げが数値目標に達しないと減給される。頼りにしていたスタッフが病気や妊娠などでやめ、補充ができなかったこともあってTさんの負担は増え、ぎっくり腰や軽い脳梗塞になった。05年5月、Tさんの店舗に労働基準監督署の調査が入った。以前もほかの店舗に調査が入ったことがあり、労働基準法を遵守している会社ではないと見られていた。
労働組合に駆け込む
Tさんは上司に「(調査が入ったのは)君が密告したんじゃないか」と問い詰められ、否定をすると、「じゃ、君の女房だろう」と吐き捨てるように言われる。人一倍温厚なTさんも、さすがにこのときばかりは頭に血がのぼったそうです。それまで日本マクドナルドには労働組合がなく、Tさん自身、組合への加入を考えてもいなかったが、上司のこの暴言がキッカケで東京管理職ユニオンに駆け込むことになった。その結果、ある程度人員が補充され、労働環境は改善されたが、残業代が一切払われていないことで会社側の対応を求めると、店長は管理監督者であるという主張によって払わないことになったため、裁判になった。
店長は管理職か
今までの判例を見ても、働き方、上司からの指導、タイムカードなど、店長が管理監督者であるはずがない。しかし、会社側はTさんに残業代を支払う気がない。Tさんは一昨年暮に提訴したが、裁判は2ヶ月ごとにしか開かれない。裁判官が1ヶ月ごとの期日を言うと、向こうがアメリカ本社と相談しなければならないと応じない。全部アメリカに指示されてやっている。藤田田のときも、アメリカ本社が主導権を握ってからも、上の言うことを聞いていればよい、というのが日本マクドナルドの考え方。
裁判をなぜ引き伸ばすのか
普通は1年で結審する裁判が、1年7ヶ月続いている。なぜ引き伸ばしているのか。考えられるのは、ホワイトカラー・エグゼンプション。日本における導入を考えているのではないか。残業代を払わなくてもいいということになると、ホワイトカラー・エグゼンプションが導入された場合、ほかの店長に払う必要がない。2年経つと時効権が発生し、2年前の請求権が消えていく。それを狙っているのではないか。
財界と米国が求めるホワイトカラー・エグゼンプション
アメリカは労働基準法でホワイトカラーに残業代を払う必要がないと定めている。どういう職業が該当するか。たとえば、おまわりさん、フォークリフトの運転手、中距離トラックの運転手など。いびつな構造。業界のロビー活動の強さによって範囲が決められている。日本経団連は最初の案では年収400万円以上の人には残業代を払わなくてもいいとした。急に出てきたような印象をうけるが、経団連は10年も前から人件費を抑制するために、このホワイトカラー・エグゼンプションに言及している。
アメリカの年次要望書や、アメリカの在日本商工会議所からも強く要求されている。アメリカ商工会議所からの要望は多岐に渡っており、病院経営まで触れている。自分たちに都合のいいやり方に変える。いかに安くあげて競争力をつけるかが主眼。代弁しているのが在日本米国商工会議所。小泉政権時代、いろんなものが規制緩和の名のもとに変わっていった。ホワイトカラー・エグゼンプションは安倍政権の支持率が落ちて見送られることに決まったが、参院選が終わったあと財界側とアメリカ側が出してくるのはまちがいない。
定年制廃止について
昨年5月、厚生労働省から60歳定年制廃止が各社に送られてきた。これは「改正高年齢者雇用安定法」により、(1)定年年齢の引き上げ(2)継続雇用制度の導入(3)定年制廃止の3つの中から選ぶのだが、日本マクドナルドは定年制廃止を選んだ。この規模の会社で定年制廃止を選んだのは私の知る限りまったくない。1番多いのは継続雇用制度。定年制廃止はいくつまで働いてもいいよととれるが、いつまでも働いてもいいよということは、君は会社に要らないよ、とセットでないとあり得ない。基本的にアメリカ基準。この定年制廃止によって向こう側が要らないといってきたときいつまで頑張れるか。
終身雇用制が崩壊しつつある
退職金制度というのは何か、ということを語る前に、日本マクドナルドのフランチャイズシステムについて話したい。これは藤田田の時代から行われてきた。この制度を活用し、希望者の中からライセンスを与え、現場で活躍してもらうことで1割の人件費が削減できる。定年まで会社に残るのでなく、人材の流動化を図ることでリストラのかわりに人数調整をする。藤田のときは10年契約で、10年後に買い取ってくれるという措置があったが、いまはフランチャイズの利益率が悪く、利益を出すのはたいへん厳しい状況にある。
定年制廃止で退職金制度はどうなる
定年制廃止によって退職金制度はどうなっていくか。日本マクドナルドは退職一時金と企業年金の組み合わせであるが、今後、アメリカ型の「401k」(確定拠出型年金)を導入する公算が高いと予想される。「401k」の会社側のメリットは、拠出金を損金に参入できるので節税できる。従業員にとってのメリットは、一時金に比べ、毎月もらえること。
「401k」の財源は、従業員の給与からの拠出金を主体とし、そこに企業からの拠出金が加わる。これを金融商品で運用する。したがって将来受け取る給金は確定しておらず、運用成績によって左右される。投資して運用するので、会社側は自分のところに投資しろということになる。アメリカマクドナルドの場合、70%が社員。株価が下がったとき損をするのは「401k」の社員。エフロンが破綻したとき、100%パーにした社員がいた。リスクがともなうが、日本マクドナルドが「401k」を導入するのはまちがいない。労使関係が今度は(拠出金を管理運用する)投資会社と社員の問題になる。
サラリーマン社会の崩壊
仮にホワイトカラー・エグゼンプションが成立した場合、何をもってOKとするか。「労使が納得したときに導入する」としているが、労働者側を代弁するのはだれか。労働組合だった場合、組織率の低さを考えると、組合が社員を代表しているといえるのか。労働者側の雇用安定がない中で、会社側に楯を突くのは難しいことを考えると、使用者側の意志で決められるのは目に見えている。サラリーマン社会が維持されるのがいいのかどうか分からないが、少なくとも安定した生活が維持されていかなければならない。
筆者の感想
田中さんのお話のあと、参加者との意見交換がありました。残業のつかないIT企業に勤務し、加重労働で体をこわし注射を打ちながら働いていたという20代半ばの男性の話や、「自己責任」の名のもとにサービス残業が労使双方の合意によって行われていることを告発したスーパーマーケット勤務の男性の話や、来年4月から成果主義が導入されるという国立病院勤務の男性の話など、日本マクドナルドだけではなく、労働環境が大きく変わることでサラリーマン社会が崩壊しつつある現状が、それぞれの発言者のお話を聞いてわかりました。
日本マクドナルドでは、連合傘下の労働組合が設立されたそうです。サラリーマン社会を脅かすアメリカ基準導入にいかに立ち向かうかという問題について「(労働組合などの)強い組織が必要であるが、具体的にどうすればいいのか、答えはもっていない」と語る田中さんのお話を聞きながら、現状の厳しさを再認識すると同時に、今何が起こっているのか、知ることの大切さを改めて強く感じました。
(ひらのゆきこ)