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「ホワイトカラー・エグゼンプション」をどう考えるか? JMM

                              2007年1月18日発行

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JMM [Japan Mail Media]                 No.410 Extra-Edition2

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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/

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▼INDEX▼

 ■ 読者投稿編:「ホワイトカラー・エグゼンプション」をどう考えるか?

   □ある一市民   :金融機関勤務

   □羽川綾子   :CASSビジネススクール(ロンドン) 修士課程

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 ■読者投稿:ある一市民

 話題のホワイトカラー・エグゼンプションについて、小生なりのコメントを述べて

みたいと思います。

 今までの議論では、外資系や商社勤務の方において、本制度導入に賛意を示す人が

目立つ一方で、アカデミズムに身を置くような人には反対論、ないし慎重論を説く人

が多いような印象を持ちます。

「本制度導入論者の狭量さ」

 小生は、海外業務を展開する大手邦銀に勤め、その在米子銀行に派遣された経験か

ら、日米での労働慣行の比較は体験をもって語れます。何人かの論者が説いておられ

るように、この制度の背景にある彼我の社会のありようや人々の考え方が根本的に異

なっております。このため、商社勤務の方のおっしゃるように「経営による健康に配

慮した長時間労働の自主的規制」が期待されるのでしょう。しかしながら、それを期

待できないこと、および個人が自立していないことが故に施行されている法的規制す

ら遵守されていない現状(次項ご参照)からすると、本制度が適切に機能する可能性

は極めて低く、この導入に賛意を示す人の、特に外資系の方の自分の勤務環境での正

当性を主張して他を思いやることのない視野の狭さ(言いすぎならのん気さ)のこと

を思わざるを得ません。

「現在の労働実態」

 職場の同期夫婦同士(大半が団塊の世代かその前後)での会食の場で、その子弟の

大半(一部上場会社のホワイトカラーが多い)が、自分たちの味わった以上の過酷な

残業を強いられているということが、いつも話題となります。システム・エンジニア

の例など、深夜残業・休日出勤が常態化して、息子の健康を案ずる母親は「あなた、

まだ生きているのね?」と確かめたほどの由。これらは当然、労基法違反の過剰な残

業です。

 こういった日本の実情を踏まえると、この制度が、労基法を意識して、あるいは遵

守するとその支払い義務の生ずる残業代うんぬんで論じられるのは当然です。

「関係者の策の無さ」

 外国との競争が熾烈を極めるグローバルな環境下にあっても、和を重んずるが故の

付合い残業や残業代稼ぎのだらだら残業のあること(=生産性の低さ)は否定できま

せん。

 このため、残業代を含む人件費を少しでも削減したいとの意図が特に経営側に働く

のは、ある意味当然ですが、だからといって、それでは残業代ゼロのこの制度導入だ

けが解決策でしょうか? この点で、この導入に熱心な政治家や官僚・評論家、まし

て当事者たる経営者において、策の無いことを指摘せざるを得ません。労働(組合)

側にも責任の一端はあるでしょう。すなわち、以下のような解決策をどうして思いつ

かないのかということです。

 環境が今ほどでは無かった80年代に、小生は会社の組合幹部に対して「サービス

残業はナンセンス、残業代はきちんと支払うことを経営に要求することが肝要、この

ことは結果として生産性向上策として経営にも資する可能性がある。そのため、単位

時間当りの人件費の引下げはやむを得ない。」と主張したことを思い出します。

 要するに、

1.サービス残業を回避して社員の不満を解消

2.単位時間当りの人件費の引下げで人件費総額の増加は抑制、

3.これにより、職場の労働実態を経営が具体的なデータにより把握、

4.このデータを基に、どの部署のどの業務において、なぜ(不当に多い)残業が存

在するかの真の原因(だらだら残業か、担当者のスキル不足か、絶対的な人員不足か、

中間管理者の理不尽な強制か、一時的な業務急増か等)を追及、

5.そして、意味の無い残業削減による生産性向上や社員の労働環境改善につなげる

 ということです。サービス残業を放置すると実態が隠れてしまい、正確な実情が把

握できないので経営トップにとっても益なしです。

「法的規制のありよう」

 次に、法的規制のことですが、たしかに、ある方がおっしゃる米国の労働法制は、

英国でも同様です。先般、勤務先で、その在英子会社に勤務する日本親会社からの派

遣社員の勤務において、時差の関係もあり深夜1、2時までの残業が常態化(朝は通

常通りの出勤で)しているものの、英国の法律にこれを規制する規定はなく、あるの

は二週間の連続休暇取得を義務付けていることだけが判って、問題となったことがあ

りました(課長職なので残業代は支払われず)。

 要するに、そんなRidiculousな勤務を忍耐強く受け入れる社員というか労働者の存

在は英米では、というか欧米では通常ありえない、だから規制する法律も不要という

ことです。ところが日本では、商社人事部勤務の方がおっしゃるように相当細かな残

業規制が法制化されております。この法律規制の背景には、やはり欧米比、個人が自

立していない(未だにそうですが)、あるいは個人を自立させないといってもいい日

本社会や日本人のありようがあるものと解されます、

 以上のことから、日本の実情を無視した本制度導入の先には、今以上に寒々とした

社会、とても美しいとはいえない社会、荒廃した社会しか思い浮かべられません。

「最後にひとこと」

 この制度導入に熱心な経団連会長は在米勤務が長いとのことですが、先般の政治献

金再開とか、今回の導入とか、日米の相違について米国にいながら何を学んできたの

かとその浅慮のほどには呆れてものがいえません。出身元の企業に、かって気骨のあ

る名経営者がいたのに、これまた、何も学んでいないといわざるを得ません。

                          金融機関勤務:ある一市民

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 ■読者投稿:羽川綾子

 企業の経費で最も多いのが人件費、つぎが事務所・工場など不動産関連費用と言わ

れています。ホワイトカラー・エグゼンプション制度が提案された目的は、この最も

大きい経費の合法的な削減であり、制度の必要性について「時間の長短ではなく質や

成果で労働を測る(No.410 読者投稿)」ためと説明されています。提案した経団連

の主張によると、現行の裁量労働制は労働時間そのものの制限を除外するものではな

いとして、労働時間の制限を除外できる制度を求めています(日本経団連の提言の概

要)。たしかに人件費の高さが日本にオフィスを置く企業の競争力を弱めているとい

う議論はあります。けれどもこの制度がもたらそうとしている変化が「就労時間制限

の規定除外」や「残業代撤廃」だとすれば、労働者を守る関連法と矛盾しそうです。

 健康・人権に配慮した労働環境を維持しつつ、さらに国際競争力をつける働き方や

雇用形態は実現可能か。求められているのは、この点についての検討だと思います。

このテーマは激化する国際企業との競争に対峙するために、日本に拠点をおく企業に

とって必要な改善点を浮き彫りにします。人件費という狭い論点では不十分であり、

企業の体質・組織構造が含む問題が問うものです。

 具体的な問題として次に3つの項目を挙げます。まず1つ目は残業の実態について、

2つ目は経費の改善余地について、そして最後に労働者・雇用主・投資家の関係につ

いてです。

1 残業の実態について

 現行制度下にあってもサービス残業が依然として習慣化している実態を考えると、

就労時間制限の撤廃は健康被害におよぶ可能性があります。もしも企業が本気で残業

代を減らしたいのなら、経営者側が残業を禁止し勤務時間終了時点でオフィスを閉鎖

するような具体策を打ち出せるはずです。ドイツ系下着メーカーであるトリンプ・イ

ンターナショナル・ジャパンの残業罰金制度は有名です。経営者側が労働者を「監督

・管理・評価」して経費削減の努力をする前に、法的制限撤廃の権限を得て経費を節

約しようとするのは、怠慢な姿勢に思えます。労働者の努力が求められるのと同じよ

うに、経営者の努力も求められています。

 ホワイトカラー・エグゼンプション制度を提案した経団連が東証一部上場企業を中

心に構成される団体であること、その彼らが「年収400万円以上」という金額を提

言に示した姿勢から、制度が提案された時点でターゲットにされたのは、ひとつは残

業代収入の多い中堅ヒラ社員、もうひとつはもともと残業のつかない既存の管理職で

あろうと考えられます。ヒラ社員に新制度にそった「役職」を与えることにより、経

営者は特定の社員を残業代支給対象からはずすことができます。また、すでに残業代

が支払われない管理職については、「就労時間の制限」を撤廃することによって、経

営者は彼らを制限なく働かせることが可能となります。このような制度が立法化され

れば、団塊世代の一斉退職を控えた大企業は、たとえ新たな”人材”を確保できなく

ても、既存社員をフル稼働させることで労働力確保の目途をつけることができるかも

しれません 。

 いっぽう、制度に対する批判をうけた厚生労働相は、「年収900万円以上の会社

員に限定する」という案を示しました。残業代削減の点からすると”年収900万円

のヒラ社員”という存在には現実味がありません。対象が存在しない法律では意味が

ないので、将来的に年収制限を変更する可能性を残した記述の法案とされる可能性が

あります。詳細は条例で制定する方法もあるため、労働者はこの問題に飽くことなく

注目する必要がありそうです。

 もしも制度の適用年収が経団連提案のとおり400万円となれば、新入社員でも対

象となりうる所得水準です。たとえば基本給が20万円、ボーナス3か月分支給され

る場合、残業代時給2000円で毎月42時間の残業をこなすと年収は400万円に

達します。基本給が30万の中堅ヒラ社員の場合は、ボーナス3か月分のみで水準に

達します。会社側はこの中堅社員を制度上「管理職」扱いすれば、「残業代除外」の

対象者にすることができます。状況がさらに進めば、年収を比較する限り正社員と派

遣社員の差がほとんどなくなるかもしれません。時給2000円の派遣社員にとって、

月収30万円を稼ぐこ とは難しくないからです。

 ちなみに月42時間という残業時間を、読者の方々はご経験があるでしょうか。雇

用保険制度上では、月45時間以上の残業が3ヶ月以上つづく状態について、社員が

退職を決意するほどに過酷な労働環境としみなします。雇用保険の給付を受けること

ができる上限日数(所定給付日数)を算出する基準のなかに、「過度の長時間労働が

続いたため退職した場合」という規定があります。この「過度の長時間労働」とは具

体的に「月45時間の残業が3ヶ月以上つづいた状態」を示すのです。つまり前述し

た”月42時間”という残業量は「生かさず殺さず」であることがわかります。

 残業がどれほどの労働力になるかを示す、具体的なデータがあります。私が以前技

術者として勤務していた約12年間を通じて、申告を認められた残業時間は、延べ5

48日分(1日あたり7.75時間換算)、そのうち夜10時以降の深夜残業は延べ

102日分の勤務に相当する時間数にのぼりました。サービス残業の記録は残してい

ませんので、実際の残業量はこれ以上です。年間の勤務日数は約250日(休日・有

給休暇を除く)でしたので、残業時間だけで私は2年間分の労働を余計にこなした計

算です。「12年勤続の14年間分労働」とでも申しましょうか。仕事に追われてい

た当時は気づきませんでしたが、このようなデータを集計したときには、感慨にふけ

りました。残業に費やした人生・時間の長さを知ることは、ひとつの学びでした。多

くの労働者が同じように労働に時間を費やしているなら、日本経済や社会に与える影

響は、プラス面もマイナス面も相当に大きいものになるだろうと想像できます。問題

なのは、国・労働者・経営者それぞれが、残業を無きものとして無視してよいのか、

実態を把握して状況改善に努めるのか、という点だと思います。

2 経費の改善余地について

 つぎに、経営者側の手腕による経費削減の余地を検証するために、ホワイトカラー

部門の経費、事務所費用について考えます。

 企業の生産部門における人件費については、経営効率化の手法・アイディアが積極

的に導入されてきました。日本から世界へ発信された「看板方式」をはじめ、製造ラ

インの効率化手法は、日本の企業が多くの経験を蓄積してきた分野であり、世界的に

も高い評価が定着しています。

 いっぽう企業の管理・営業などいわゆる「内勤」の部門については、日本の多くの

企業が人材投入の費用効果をはじく手法を持っていない可能性があります。その理由

は、サービス残業に頼ることが習慣化していること、コスト削減を実施する権限が多

くのホワイトカラーに与えられていないことなどがあげられます。巨大組織において

は、部門単独でコスト管理をする権限(雇用・解雇権、備品・拠点の選択など)があ

りません。そのためホワイトカラーの「生産ライン」と呼べるオフィス内業務につい

て、コスト計算や効率化の経験が蓄積されてきませんでした。部門ごとの管理者は、

部下のサービス残業に頼りながら、部門長として短期的な目標を達成しようとします。

ここでサービス残業が提供されつづけると、勤務時間の記録は実態を表しません。管

理者は経営者に対して「与えられた人的資源を最大限生かした結果」として任務の達

成度合いを報告することは出来ても、与えられた人的資源が不足したか、余ったかと

いう報告は出ません。これは部門だけの問題ではないはずです。なぜなら、実際に必

要なのべ人員数・のべ 労働時間数、つまり知的労働の「原価」を経営者側が把握して

いないからです。

 サービス残業に頼っている限り、知的労働に関する実態や、必要な労働時間のデー

タを蓄積することができません。経営者はいつまでたっても正確な業務実態を把握で

きず、知的労働の「原価」を知らないまま組織運営することになります。必要な労働

力を把握できなければ、人材を効率的に使えるはずがありません。このことに雇用主

が気づかないはずはないのに、なぜ管理部門の改善が、製造業の生産部門ほどに進ま

ないのでしょうか。株主にアピールするには、経営者にとって内部組織改革よりも営

業利益を追求するほうが効果的だからでしょうか。たとえ経営者(役員)になっても、

出身部門別の縄張り意識から、他部署の管理に口出ししにくい、という話を聞いたこ

とがあります。現場から上がってきた役員の多くは、経営者になっても過去に所属し

ていた部門の代表者になるだけ。つまり経営者集団においても縦割り組織の弊害があ

り、複数の組織をまたぐ改革に着手しにくいという事情も考えられます。トップダウ

ンが難しいなら、草の根ボトムアップもまた難しいでしょう。部署単位で人員が配属

されている場合、「部下が余っている」と進んで報告する者はいません。これは官庁

間での予算の取り合いや年度末の無駄な道路工事にも似た状況です。「余っている

か」と上から聞かれて、渋々渡すのは予算も人員も同じ。部門間の人員の取り合いや

囲い込みが、効率的な人材配置 や組織全体の改革の弊害になりそうです。

 管理部門の大きな出費である事務所費用についても改善の余地はあるはずです。事

務所の賃貸料は企業にとっては無視できない項目です。不動産経営の本によると、企

業の経営者は営業利益をあげることには躍起になるけれども、恒常的に出ていく事務

所費用についての意識が欠如している傾向があるそうです。経営者は「経営のプロで

あって、不動産経営のプロではない」というのがその言い訳だとか。最近、日産が横

浜への本社移転を決めて話題になりました。家賃の安い郊外へ移転して不動産への出

費をおさえれば、企業は長期的に少なからぬ出費を削減できます。郊外へのオフィス

移転は労働者にとってもメリットがあります。勤務先が郊外であれば、近くに住居を

構えることも容易になり、そのうえ通勤にかかる費用・時間ともに節約できます。労

働者の家族は、都心より有利な条件の住環境が手に入れられます。

 このようにメリットが多いはずの地方移転ですが、多くの企業は東京にこだわりが

強いようです。拠点を東京に構える理由は、豊富な人材確保、交通の利便性があげら

れます。このほか、グループ企業や銀行系列の影響で、「半強制的に」特定のビルの

テナントにならざるを得ないケースも考えられます。たとえば新築工事の仕事をもら

った見返りに、新築ビルののテナントとして一定期間入居する、というように取引あ

る企業間で不動産資産を維持しあうことは珍しくありません。このような連携は誰に

利益をもたらすのでしょうか。割安な郊外拠点が、株主にも労働者にも歓迎される状

況において、系列企業の割高な都心オフィス賃貸を経営者が選んだ場合、それは経営

陣が「効率」よりも「系列企業としてのつきあい」「経営しやすさ」を選んだことに

なります。言い換えれば、割高な賃料の出費は、経営者がリスク回避に費した費用と

みなせます。そのリスク回避が営業に効果があるかの判断は難しいです。すくなくと

も株主にとって、これは株の持合いにも似た状況で、許容される支出には限界があり

そうです。なぜなら企業の資金を費やして株や不動産を購入すれば、事業に投資可能

だった資金が不動産や株という資産に使われしまい、業務に貢献する資金が減ること

になるからです。系列企業の連鎖はまだ続きます。事務所の家主である企業はテナン

ト入居の返礼に、テナント企業が販売する商品を優先的に購入するかもしれません。

もしも市場で同等の安い商品が入手可能だとすれば、この差額もまた「経営しやす

さ」のための費用、リスク回避の費用とみなせます。このような企業連携は、たとえ

効率が悪いと認識していても一個人の裁量では変えにくいでしょう。いっぽう、企業

間の支え合いが大口取引が継続的に行われる効果をもたらしている面も無視できませ

ん。安定的な経営、雇用機会の継続的な供給に貢献するならば、このような系列企業

間の支えあいも評価されるべきかもしれません。

3 労働者・雇用主・投資家の関係について

 所得格差が大きい社会は、どのようなものでしょうか。その一例としてロンドンを

あげることができると思います。ロンドンは中東・アフリカに近く、西欧でもっとも

大きな都市であるため、大富豪の資金が集まりやすい街と言えます。また金融の街で

もあるロンドンには、企業で成功した「小金持ち」もいます。ロンドンでは、東京の

ような容積割り増しや景観の破壊が徹底的に規制されています。ただでさえ限られた

不動産資産に、世界の大富豪や金融系「小金持ち」からの投資が集中するので、桁は

ずれな金額で不動産が取引されています。取引が盛んな割に一等地に空き家が目につ

く理由は、購入者が転売目的で購入し、入居しないからです。投機目的の投資のため、

実際に住む場合よりも対象を吟味することはしないと見えて、古い小さな住宅に馬鹿

馬鹿しいほどの値段がつきます。建物は値段が上がるまで放置され、維持・修繕され

ません。値段が上がればまた転売が続くのです。このような状況では建物が痛むだけ

でなく、本当に不動産が必要なユーザーに不動産が提供されません。結果的に、本来

社会資産として活用されるべき土地・建物が、一部の富裕層の資金によって占拠され

ることになります。手ごろな値段で不動産を入手したい企業や住民は、ロンドンを諦

めて郊外へ出ていきます。事実、ロンドン行政区(Greater London)の統計によると、

英国市民のロンドンからの脱出は毎年続いており、逆に海外からの労働者のロンドン

流入は流出する英国人の数を超えて増えているとのことです。観光業やサービス業・

小売業で働く移民は、郊外の広い家は買えないので、狭くて古いロンドンの賃貸住宅

に住むことを選んでいます。

 このような社会が私たちの夢ではないと思います。なにを言いたいのかというと、

ひとたび経営者が個人として高額な給与を得だすと、企業理念が経営者個人の利益追

求にとって変わられる恐れがあるということです。企業の資金が個人としての経営者

や株主に大量に渡ることによって、企業資金が持っていた社会貢献する力が失われ、

ロンドンに見られるようなお金にモノをいわせた社会資産の占拠、投機目的の買占め

による値段の高騰というような現象があらわれる恐れがあります。本来、経営者とい

うものは、顧客に喜ばれる商売を通じて社会に奉仕することと並んで、労働者の雇用

機会と安心した生活を守ることを誇りとしてきたはずです。田坂広志氏の表現を借り

れば「社長に63億円なんてあり得ないわけですよ、日本では。今こそ、日本的経営

と日本人的労働観をスケッチアウトすること不可欠」ということです。

<http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-116261-02.html>

 経営者として企業の資金を活用する限り、企業としての社会的責任やモラル、雇用

者に対する責任などを考え、行動することが期待できます。いっぽう、もしも国の制

度が経営者個人の収入を増やすために労働者の収入を削ることを許せば、企業の社会

的責任は放棄されて、企業は経営者個人の利益追求マシンと化すかもしれません。前

述の田坂氏は、近江商人の心得として「売り手よし、買い手よし、世間よし、三方よ

し」という言葉を紹介して、企業や労働者が社会責任を果たす喜びについて論じてい

ます。

<http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-116261-01.html>。

 高額な収入を得た個人や事業で成功した経営者が事業を通じて社会貢献する例はも

ちろんあります。野球の新庄選手が北海道での年俸を球団の内野席シーズンチケット

や球場広告を購入することで還元した例は個人の社会貢献の形として非常に魅力的で

す。企業の事業を通じての社会貢献の例としては、ソフトバンクによる一連の通信事

業があげられます。それまでNTTによる寡占状態が続いていた通信事業をソフトバ

ンクは根本から変えました。ソフトバンクが実現したブロードバンドの普及と価格競

争、ボーダフォンの買収による携帯電話市場の活性化は、ユーザーに直接的・間接的

に貢献していると言えます。さらに人気が停滞するプロ野球への投資や、閉鎖危機の

ばんえい競馬存続への協力なども、市民レベルに利益を還元する企業経営者の模範と

して、高く評価されていいと思います。そのほか経営者の理念がわかりやすくアピー

ルしている好例として、ワタミ株式会社があげられます。同社の居酒屋・農場経営や

教育分野への進出などは、分野が違っても「顧客重視のサービス提供」という共通の

テーマが貫かれています。このような明快な企業理念を経営者が身をもって示せば、

労働者は理念実現へむけて誇りをもって経営者の方針に従うことができそうです。社

会的ネットワークがある個人・企業に資金力があって、その資本を生かせるものです。

企業という場所を借りて社会貢献の機会を得ている雇用者ひとりひとりが「小金持

ち」になるために同僚の足を引っ張り合うような構図は、思うだけで元気がなくなり

ます。

 日本人はこれまで、多くの人々が平均的に高い収入をシェアすることに成功してき

ました。一部の人間が利益を独占せず、1億3千万という大きな人口全体で活発な購

買力を維持してきたことが、日本市場の魅力を下支えしてきたと思います。日本社会

を形容する言葉として「資本主義よりむしろ社会主義的」と表現されることも、その

特徴をあらわしています。活発な購買力は割高な人件費と相関関係にあるはずです。

割高な人件費だからこそ、活発で巨大な経済圏を維持できるのだ、と理解することが

できます。多くの高密度の都市が存在することは、日本のマーケットの魅力をさらに

増しています。事実、購買力が強い人口が、東京圏や大阪圏ほどに高密度に集約され

ている大都市は、日本以外に見つけることができません。人口が集中するということ

は消費者が多いということであり、投資効果が高い土地であることを意味します。こ

の点が、世界中の企業が日本という場所と消費者を重視する理由だと思います。もし

も給与格差が拡大すれば、平均的な収入は下がります。収入が下がることは購買力低

下を意味するので、やがては日本のマーケット全体が魅力を失う結果につながるかも

しれません。

 日本の長引くゼロ金利・超低金利政策は、為替差益を狙う投資家にとっての円の魅

力を失わせました。今の為替市場での円安の理由のひとつは、日本円が為替差益を狙

うには魅力にかけるからだと思います。いっぽう実生活で円を必要とする1億人の日

本市民の多くは、日本円の売りに走らず(金利の高い外国貨幣に変えず)日本円を所

有しつづけました。この日本人の行動が日本円の信頼感を増したと言われているほど

です。市民レベルで円売りが一般化しない理由は、愛国心か、それとも単に「外国を

知らないから」「方法を知らないから」という単純なものかもしれません。いずれに

せよ日本に住み働く人間が日本円と日本経済を信じて疑わないという傾向は、日本経

済の維持に貢献するものとして尊重されてもいいと思います。

 事業コストが高くつき、消費者の目が肥えていて商品を売ることが難しい日本のマ

ーケット。日本で成功すれば、世界で成功すると言われているほど、日本は世界で最

も厳しい市場になりました。このような経営環境において人件費がもっと安くなれば

と経営者が願うのは当然です。いっぽうで企業が狙う利益に上限がないことも事実で

す。行き詰まりを感じる利益追求型社会の次に何が来るのか。いみじくもマルクスが

言い得たように、日本の社会構造は成熟した資本主義社会のあとに来るべき社会主義

に向かっているのかもしれません。

              CASSビジネススクール(ロンドン) 修士課程:羽川綾子

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